江戸日本橋を発って中山道を下ると、板橋宿平尾の追分で川越街道が分かれます。
川越街道は、その名の通り江戸と川越を結ぶ街道です。
板橋宿を起点として、上板橋(板橋区)、下練馬(練馬区)、白子(和光市)、膝折(朝霞市)、大和田
(新座市)、大井(大井町)の各宿を経て川越に至ります。
これからするお話は、川越街道の二つ目の宿、下練馬を舞台にしております。
それでは、下練馬宿とは今でいうとどのあたりなのでしょうか。
池袋から東武東上線に乗ると、七つ目に東武練馬駅があります。
ここで降りて南口を出ると、東上線に沿うように東西に伸びる商店街があります。
番地でいうと練馬区北町二丁目にあたります。
今の川越街道はもっと南を走っていますが、昔の川越街道はこの商店街の通りでした。
そしてこの北町二丁目の商店街から北町一丁目にかけてが昔の下練馬宿の中心だったのです。
前置きが長くなりました。それではお話に入ります。

 

江戸時代のはじめのころのことです。
下練馬宿の問屋場に馬六という人足がおりました。
馬六は、街道を行く人の荷を馬に載せて次の宿まで送る役目をしておりました。
馬六は人間が正直で骨惜しみをせずに働きましたから、問屋場の宿役人には褒められ、旅人からも喜ばれました。
ところで、馬六というのは本名ではありません。
本名は別にあったのですが、だれも本名を呼ぶものはありませんでした。
ひょっとしたら馬六本人も、自分の本当の名前を忘れてしまっていたかも知れません。
馬六というのはつまりあだ名ですが、それというのも馬六の顔がたいへんに長かったからです。
子供のころから長かったのですが、二十歳をすぎた今では実に長くなり、近在のお百姓さんは、畑でとれた練馬大根の
出来を言い立てるのに「今年の大根は馬六の顔より長い」などと馬六の顔を引き合いに出しておりました。
まさかに練馬大根より長い顔があろうとは考えられませんが、人並はずれて長かったことはたしかで、なにしろ通常の
手拭では頬被りができませんでした。
顔が長すぎて、手拭を顎のところで結べないのです。
しかたなしに鼻の下で結ぶと、顔の長い泥棒のようになります。
それでは都合が悪いので、手拭はいつも特別あつらえで長く切ってもらっておりました。
口の悪いものは、馬六は下帯で頬被りをしているなどと言うものがありましたが、いくらなんでもそれはひどすぎます。
その馬六が本物の馬を引いて街道を行き来するのですから、「どっちが馬かわからない」などと言われて、すっかり下練
馬宿の名物になっておりました。

 

さて、うららとした春の日盛りのことでした。
練馬大根の畑の上では、雲雀(ひばり)がチイチクとさえずっております。
街道からは、雪の残る富士山がくっきりと見えておりました。
浅間神社の石段の上では、その富士山を拝んでいる旅人もおります。
そのころ馬六は、白子の宿まで荷を送っての帰り道をたどっておりました。
白子の宿と下練馬の宿の真ん中あたりに、葦簾で日除けをしただけの粗末な茶屋がでておりました。
茶屋の裏でおじいさんが茶を沸かして醤油団子を焼いております。
葦簾の下には床几が二つばかりならんでいて、そこにお坊さんがひとり座って、富士山をながめながら茶を飲んでおりま
す。
お坊さんが通りかかった馬六に声をかけました。
「もしもし、そこの馬の人」
馬の人というのは、馬を引いている人のことを言うのか、それとも顔が馬のように長い人のことを言うのかわかりません
が、いずれにしても自分に当てはまるので馬六は馬を止めました。
お坊さんは団子を頬ばりながらにこにこして言いました。
「下練馬の宿まで行こうとおもうのじゃが、どうにも足が痛んでしょうがない。何とかおまえさんお馬にのせてもらうわ
けにはいかないだろうか」
「はあ。帰り馬だで、乗っていきなせい」
お坊さんはにこにこしていて、いっこうに足が痛そうには見えませんが、正直な馬六はうまに乗せてやることにしました。
お坊さんは茶代を置くと団子の残りを急いで頬ばりました。
あんまり急いで頬ばったので醤油の垂れが口の端につきました。
馬六はずいぶんと食いしん坊なお坊さんだと思いましたが、もちろん口に出しては言いませんでした。
さて、それからが大変でした。
お坊さんはいっしょうけんめいに馬に乗ろうとするのですが、なかなか体が持ち上がりません。
馬六はお坊さんを手伝って下から持ち上げますが、これが実に重いのです。
馬六は長い顔を真っ赤にしてがんばりました。
お坊さんも頭から湯気を立てております。
乗られる馬も必死に四つ足をふんばりました。
二人と一頭が大がんばりをして、やっとこさお坊さんは馬上の人となりました。
「やあ、これは楽ちんじゃ。高い高い」
お坊さんは大喜びですが、乗られたうまはかわいそうです。
悲しげな顔をして馬六を見ます。
ひと足進むごとにひづめがもぐりそうです。
馬六は気の毒な馬をはげましながら歩んで、ようやく下練馬の宿が見えてきました。
宿の方から二人連れの旅人がきます。
その二人が馬六の一行を見つけるとびっくりしたように立ち止まって、口を開いて見ておりましたが、やがて顔を見合わ
せると宿の方へ駆け出しました。
「何ごとだろ?」
お坊さんは機嫌良く乗っておりましたし、馬は必死ですが、何をそんなに驚かれるのかわかりません。
その二人連れとは下練馬の宿で顔をあわせておりましたから、まさか馬六の顔の長いのに驚いたとも思えません。
さて、そのころ旅人が駆け戻った宿ではおおさわぎになりました。
旅人は問屋場に駆け込んで、馬六が石の観音さまを乗せてくると言うのです。
驚いた宿役人やら人足やら旅人がみんな街道に出てきました。
何事だろうと休み茶屋からも人がぞろぞろ出てきました。
その中へ馬六が帰ってきました。
たしかに馬は石の観音さまを乗せています。
宿役人の惣兵衛さんが馬六に駆け寄って聞きました。
「これ馬六。おまえはその観音さまをいったいどうしたんだえ」
馬六はきょとんとしました。
観音さまとは何のことでしょう。
お坊さんを乗せてきましたが、観音さまは知りません。
「観音さまとは何のことですだ」
惣兵衛さんをはじめ、そこにいたみんなが馬の上を指さしました。
馬六は馬上を振り返ってびっくり仰天しました。
さっきまでお坊さんがおとなしく乗っていたのに、今はたしかに石の観音さまに変わっております。
「ありゃりゃ。いつ取りちがっただ」
お坊さんが黙って馬を降りて代わりにいしの観音さまを乗せておいたのでしょうか。
馬六に気付かれずにそんなことができようとは思われません。
不思議でたまらない馬六が観音さまをよく見ると、口の端に醤油団子の垂れがついているではありませんか。
「なんとまあ、こりゃさっきまでのお坊さんだ」
馬六は、お坊さんが途中の茶屋で団子を食べていたところを乗せてきたと正直に言いましたが、誰も信じるものはありま
せんでした。
「こら馬六。石の観音さまが茶屋で団子を食べる道理があるか。正直に申せ」
正直に申せと言われても、さっきから真っ正直に話しているのですから、これ以上正直な話はできません。
馬六は顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら、乗せたときはたしかにお坊さんだったこと、むやみに重たかったことなどを
一所懸命訴えました。
惣兵衛さんをはじめ集まった人たちも、馬六が嘘偽りを言うものではないことを知っておりましたので、だんだんに馬六
の話を信じました。
とにかく、いつまでも観音さまを馬にのせてはおかれないので、四、五人がかりでようやく担ぎ下ろして、街道の脇に据
えました。
下練馬宿の人たちは、観音さまをどうしたらいいか話し合いましたが、どうしていいやらわかりませんでした。
いずれにしろ雨ざらしにしておくわけにはいかないので、みんなで小さなお堂をつくって、その中に観音さまを収めまし
た。
馬六は、観音さまがまたお坊さんに化けて団子を食べに出るのではないかと、たびたびお堂を覗きにいきましたが、観音
さまはひっそりと座っているばかりでした。
この観音さまが、川越街道のどこから来たのかわかりませんが、よほどこの下練馬宿が気に入ったと見えて、その後は団
子を食べに出ることもなく、ずっとそのお堂から動きませんでした。
やがて下練馬宿を通る旅人は、旅の無事を祈ってこの観音さまにお参りするようになりました。
そしてこの石の観音さまは、今でも練馬区北町二丁目の商店街の中に、ひっそりと座っておいでになります。

 

                                                     ・・・・・おしまい・・・・・

1999年「きたまちまちづくり委員会」主催
きたまち創作童話・最優秀受賞作品

馬六と観音さま」

作:齋藤正明 (新潟県 40才


当商店街は、安全かつ安心してお買い物ができるように心がけています。
きたまち商店街振興組合 東京都練馬区北町2-21-13

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